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7月31日
ホームページを御覧になった目黒の歯医者さんから、とてもナイスなメールを頂戴して、その途端に俺は、自分の六十八年の人生は、歯の治療の歴史でもあったとつくづく思ったのだ。
両棲類のカエルには歯がないが、俺たちヒトには歯が生えている。
健康に生きていくには歯はとても大事で、だから奴隷と馬の売買では、まず歯を調べるのだそうだ。そう言えばウチの女房殿も十七年前に、肝腎なことをする前に俺の歯を、丹念に奥歯まで調べた。
今回は俺の歯と、巡り遭った歯医者さんの話を書く。
タイトルの言葉は十八年前に、俺が女医さんに、待合室の壁に飾るからと、色紙を頼まれて書いたのだが、呆れた女医さんは黙って引き出しに入れて壁には飾らなかった。
小学校低学年で、まだ可愛いかった頃、母は俺の受け口を治しに、わざわざ毎月、疎開先の熱海から汽車でお茶の水の医科歯科大まで連れて行ってくれた。
終戦直後の大変な時に、なぜそんなことをしてくれたんだろうと、先日姉の福久子に訊いたら、祖母や母は当時の権威、金子博士と懇意で歯にはとても神経質だったのだと言う。
受け口は可愛くてゴロツキには向かない。
あの時、針金の矯正器なんか嵌められなければ、俺はヤクザになんかならずに、もっと早く作家になって、今頃は直木賞の選考委員になっていただろうと思う。
歯が抜け替わる時、抜けた歯を“ネズミの歯になあれ”と言って縁の下に抛り込んだのは、あれも金子博士の教えたことだったのだろうか。
十七歳の時に、スポーツ洋品店で出来合いのを買えば百三十円だったボクシングのマウスピースを、千葉の日大歯学部のお医者に歯形を取って、生ゴムを削って作ってもらったら、六千円もしたのを、俺は半世紀以上、経っても忘れない。煙草の光が三十円、蕎麦屋では月見もおかめも三十円の頃の六千円だ。
百三十円のだと、パンチをもらうと外れて落ちてしまうことがあるのだが、ちゃんと自分の歯の凸
凹に合わせて作ったマウスピースは、横からフックを打たれても、まず外れることはない。
麻布中学で一緒にラグビーをしていた納村晋吉さんは、この日大歯学部の教授になっていらっしゃる。
十五年ほど前に講演で行ったら、納村さんは少しも老けずにニコニコしていたので、俺は歯医者さんが麻酔代わりに使う笑いガスは、老化防止に卓効があるのかと、咄嗟に思ったのだが、あの“腰抜け二丁拳銃”でボブ・ホープが吸ったガスは、もう百年も前から使われていないのだそうだ。
その頃とても綺麗だけど、歯軋りの凄い女がいて、とても一緒に朝まではいられない。
試しにこの六千円のマウスピースを嵌めてみたら、その途端に耳障りな音が消えたのでびっくりした。今でもマウスピースを見るたびに、この綺麗だった方のことを思い出す。
昭和三十五年、俺が二十三才の時に、親しらずを二本、一度に抜いた乱暴な爺いが神田にいた。
あんな非道い目に遭ったことは覚えがない。
もうとっくにお亡くなりになっただろうが、もしまだやってらっしゃるといけないから、お名前は書かない。
昭和四十三年、俺が威勢のいい盛りの三十一歳の初夏、夜中に奥歯が急に痛み出して、ドラッグをほぼ致死量
やっても治まらないから、仕方なく車を運転して看板に明かりの点いている歯医者さんを必死になって探した。
痛みを堪えて探し回るのに、夜更けの街に看板に明かりが入っている勤勉な歯医者さんはない。
歯の痛みは、ヤクザは勿論のこと西郷隆盛でもプロレスラーでも、とても耐えられるもんか。
余談だが、俺は女は皆、口裏を合わせて嘘をついていると、密かに確信していることがある。
お産の痛みは、虫歯が痛み出した時より遥かに痛い、掴んだ鋼製の太いパイプが曲がるほど痛いなんて、最初の一人が言ったから皆、“そうよ、死ぬ
ほど痛い”なんて大合唱になったんだ。平気だなんて言ったら、余程巨きいと思われてしまうので、誰も本当のことは言い出せない。
本当に死ぬほど痛いのなら、懲りて二人目なんか作らないはずなのに、ついちょっと前までは八人兄弟だの十人兄弟だなんてのが珍しくなかった。
俺の唱えることには充分な説得力があるのに、なぜか誰も評価しないのが不満だ。
と、そんな余談はさておき……。
その夜、やっと看板の眩しく輝く歯医者さんを見付けた俺は、雑居ビルの何階だか忘れたが、頬に掌を当てて階段を登って行って、そして裏切られた。
そいつは夜中までやっている勤勉な歯医者でもなんでもなく、閉める時に看板の電気を消し忘れたんだ。
こんな歯医者は絞首刑にしろと俺は思ったのだが、夜中の雑居ビルでは胡乱な顔をされただけだった。
看板を破壊したから、その歯医者の名前は書かない。
昭和五十九年に俺は、診察室に電子ピアノを置いて、暇になるとブギウギを弾く珍しい女医さんに診ていただいた。
俺は騙まし討ちにされて、心筋梗塞をおこすといけないから、最初に歯医者さんに診ていただく前に、“これから何時でも、作業予定を患者の僕に、今日はこうしてこうすると予告してください。突然、青い麻酔の注射器を出したりはしないでください。覚悟を決めなきゃ神経を抜かれるのも、歯を抜かれるのも嫌なんです”と申し上げることにしている。
その綺麗な中年増の女医さんは“だってアベさんはヤクザでいらしたんでしょ”なんて言って、楽しそうに笑ったんだ。
作家にも書いちゃいけないことがあるように、歯医者さんにも笑っちゃいけないことがある。
“今日はアベさん、麻酔が必要なことはしませんから、覚悟を決めないでも大丈夫です”と、朗らかに約束した陽気な女医さんは、右手の指で俺の奥歯をいじった。
俺は仕返しに美しい指を、股から爪まで尖がらせた舌の先でゆっくり舐めた。
これは女なら歯医者さんじゃなくて、芸者でも女優でも、誰にでも効く。
綺麗な女医さんは、びっくりして俺の口から抜いた指を胸に抱えて立ち尽くしたまま、“歯医者になって十五年、患者さんにこんなことされたのは、初めて…”と、低くうめき声を漏らした。
俺も作家になったばっかりで、今みたいなハゲのデブチンじゃない。
ほんの二年前から俺は、意味もなく微笑むようになって、周囲の人たちを恐怖させている。
土佐犬や田中真紀子になったわけじゃなくて、俺はインプラントで、スペアリブでもトウモロコシでも何でも食べられるようになった綺麗な歯が、他人様に見てもらいたくて仕方がないんだ。
吉祥寺の、何でも俺に作業予定を親切に話してくださる、平井先生が十四本やってくださった。
大事な読者が呆れているのが俺には分かるから、歯の歴史はこの辺で止める。
六十八の俺は、これ以上、読者を減らせないんだ。
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