第66回 『髭を剃った小笠原』

北の大地を興奮の渦に巻き込み、感動に包み込んだ精悍無比な若武者は、何処かに遠く去って戻らない。
竹林で猛虎を追い、敵の大軍に一泡噴かせた勇士は、何処へ去ってしまったのだろう。
ナベツネに媚びて魂を喪った小笠原は、まるで鍋の底に沈んだダシガラの煮干しだった。
こんな男に誰がロマンを感じるだろう。
僅かな金で判断を誤り、髭を剃り落とした小笠原は、そこいらにいくらでも居る普通の盆暗だ。  
見る者に感動を与えない野球は、あと数年で大相撲と共に、マイナースポーツに成り下がる。
昭和二十三年の春、金星ゴールドスターズと中日ドラゴンスのオープン戦を見た時から、
この歳まで約六十年、プロ野球に魅せられて過ごして来た俺は、髭を剃った小笠原の、
何処の市役所にでも居る木っ端役人面を見て、日本のプロ野球に寿命が来たことを知った。
この哀しみを書いたマスコミは、日本にはない。
テレビは勿論のこと活字媒体にも、髭を剃った小笠原の情けない無惨な姿を見て、
日本のプロ野球の悲惨な末路を予測した者は居なかった。
今回は、俺の愛した日本のプロ野球への挽歌、レクイエムを書く。  
ナベツネとその子分共は、「プロ野球選手は紳士たれ」なんて寝惚けたことを、思い込んでいるのか、
それとも建前なのか、日頃から真面目な顔で唱えている。
そもそも野球は、メリケンが創った面白いけど、野卑なスポーツだ。
キャッチャーは外れたボールを捕って、咄嗟にミットを動かす。バッターは掠ってもいないのに、
「ここに当たった」と、大袈裟に審判にアピールする。
野手も負けてなんかいるものか。ショートバウンドで捕ったグラブを、ダイレクトで捕ったと、
高く挙げて見せる。
こんなプレーはみんな、アンパイヤを騙そうとしてやるプレーだ。
審判を騙すプレーをシレッとしてやるのは、サッカーと野球しか俺は知らない。
紳士とはなんたるかをナベツネは知らないから、球団社長とかオーナーの子分共も読売の論説委員も、
誰も知らないんだろう。
紳士なんか見たこともないと、俺は思う。
だから、「プロ野球選手は紳士たれ」なんて、安倍晋三の寝言みたいなことを吐かすんだ。
面白いけど野球は、紳士がするスポーツではない。紳士はピッチャーの隙を突いて、
盗塁なんか企てない人たちなんだ。
バカなコミッショナーが、子供が見ているから、乱闘はやってはいけないなんて、愚かなことを言った時、
俺はNHKテレビの生放送で、「野球はポルノと一緒だから、子供に見せてはいけない」と言って
抗議の電話が鳴りやまなかったことがある。

野球は大人の遊びだ。
原っぱで銀行屋と保険屋が野球をしていて、子供が見に来たら、大人は、
「坊や、見ちゃいけない。これは大人の遊びだから、大きくなったら入れてあげる」と言って、
追い払わなければいけないと、俺は思っている。
小笠原はナベツネの御機嫌を取って、髭を剃った。これに全てが象徴されている。

今までも中途半端だったけど、今年からナイター中継の延長は行われなくなった。
何処の国のスポーツ中継に、最初と最後を映さないテレビがあるというのか。
これは、マラソンを五キロ地点から三十五キロ地点の間だけ映して、
「この結果はスポーツニュースで御覧ください」なんて言うのと同じだ。
こんなことを永年、不思議にも思わないでやって来たテレビ局は、価値観とセンスが狂っている。
それを怒りもしない視聴者も、まともじゃない。こんな人が多いから、納豆が売り切れたりするのだ。
止めるんだったら、「あるある大事典」みたいに、綺麗さっぱり止めちまえ。
紳士になったつもりの小笠原は、盗塁なんか出来ないだろう。
タダのテレビを見ている人はどうでもいいが、高い金を払って球場に足を運ぶファンは、本当に堪ったものではない。
今は他に、エキサイティングでスリリングなスポーツやショーが、いくらでもあるんだ。 
日本のプロ野球は、コミッショナーが無能な上に怠慢だから、話にならない。
一番上に立つ男がダメだと、傾いたり潰れたりするのは、何処の世界でも一緒だ。
社長が阿呆だから関西テレビは傾き、安倍晋三が間抜けだから、
自民党は愛媛しか知事選で勝てなかった。
雑誌にも出版社にも寿命があると言ったのは、俺の師匠山本夏彦だが、
日本のプロ野球にも寿命が来たようだ。

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