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| 第18回 鉄腕 錦 | |
昭和45(1970)年 |
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| このヨーロッパを転戦した十四ヶ月の間に、彫りの深かったナオの顔は平べったくなりました。 パンチがあるか、逆にグラスジョーだったら、母が産んでくれたままのハンサムな彫りの深い男のままだった筈です。 作家にはなっていないで、今頃は役者かホストをしていたでしょう。 グラスジョーは硝子の顎ですから、これは鍛えようがありません。 ボディーはメデシンボールや腹筋の体操で、テンプルは首の筋肉を鍛えて、相手のパンチを喰った時に耐えられるようにするのですが、チンという顎の先端とその周囲のジョーは強化しようがないのです。 鉄腕と謳われた錦利弘(にしきとしひろ)も、鍛えようのないグラスジョーを相手に知られて、遂に世界チャンピオンにはなれませんでした。 しかし、鉄腕錦のパンチは、見た者の背筋を寒くさせ冷たくしたのです。 僕はウエルター級で、あれほど破壊力のあるショートストレートを打ったボクサーを知りません。 鉄腕錦のショートストレートが当たると、その瞬間、相手のボクサーは氷つき、次の瞬間、顔を歪めてキャンバスに崩れました。 崩れ落ちたのではありません。身体の芯が抜けたように崩れて骨のない柔らかい肉の塊になったのです。 これではレフェリーが三十数えても、相手は起きません。 グラスジョーを知られるまで、鉄腕錦は無敵でした。 右に立っているハンサムな男は、今レフェリーをしているウクリッド・サラサスさんで、この写 真を撮った十年前は凄いストレートを打ったフライ級のボクサーだったのです。 僕と同じほどの背の高さで、50キロちょっとのフライ級で闘えたのですから、リーチの長さだけでも大変な有利でした。 だからウクリッド・サラサスさんは、顔だって母親が産んでくれたままでひしゃげていません。 三人の中で一番強かった錦利弘は、リングを去って不動産業者になり、ハンサムなフライ級はレフェリーで、どうしようもなく下手クソだった僕は作家になりました。 |
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