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四人兄弟の末に生まれた僕は、裾の擦り切れたツンツルテンの上着を着ています。
今の日本でこんなものを着ている子は、仮装行列か芝居の中だけでしょう。
穿いているパッチも、まるでもうダブダブ、ブカブカです。
母の玉枝が並み外れたケチや始末屋だったのではありません。
この頃の末っ子は何処の家でも、上の兄弟のお古を着せられていました。
五つ年上の兄のお古を、母は大事に納っておいて、何年経っても忘れずに、僕に着せたのです。
僕は兄とは制服が違う中学に入って、上だけですが初めてお古から開放されました。
思い出すとその頃は、長男の兄でさえセーターや上着の肘に、継ぎが当たっているのは当たり前でした。
母はいつでも靴下の穴を繕っていたのです。
貧しかったからそうしていたというよりも、子供には贅沢をさせないという信念みたいなものが、その当時はどこの親にもあったように思うのです。
この写真を撮って六十六年経って、僕は六十八歳、お古の供給源だった兄博也も七十三歳になりました。
兄は驚くほど元気な爺様で、僕が書く原稿の交通運輸全般と、地理・歴史の校閲係りを務めてくれているのです。
弟に散々お古を着させた罪滅ぼしなんでしょう。
写真の家は当時、僕たち一家が住んでいたロンドン郊外のハムステッドヒースに隣接した、ゴールダースグリーンの家です。
五年前にNHKの「世界わが心の旅」で、六十一年ぶりに僕は、この家を訪れました。
綺麗に手が入れてありましたが、たたずまいは昔のままです。
仕事場だった港から、地下鉄で一時間も掛かるところに住んだのは、子育てを考えた父正夫の思いやりだったと、還暦を過ぎて家の前に立った僕は、つくづく有難いと思いました。
築二十年でほとんど無価値になる日本の家に比べて、今は引退した獣医さんが住んでいる築百年以上経った家は、まだ充分、値打ちがありそうでした。
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